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虐待する親の気持ちが分かる一瞬

子供への虐待。
その話しを聞くたび、やるせなさを感じます。

だけど。
子育てをしていく上で、少しでも「こんにゃろー!」って思うことは少なからずあることで。

赤ちゃんが欲しくてしょうがなかった時、なかなか出来なくて悩んでいた時、私は、

「簡単に授かった人より私は子供を大事にするし、虐待なんて絶対しない!」

と思っていた。

なのに、精神的に疲れると虐待してしまう親の気持ちが分かる時さえあるんです。

もちろん、実際に手をかけてしまう残忍なほどの虐待の話しは聞くに耐えられないですけれど。子供を死なせてしまうほどの暴力を与える親は、きっと、暴力の螺旋で育てられ生きてきたのだと思います。

今朝、さやかがご飯をなかなか食べてくれなくて、食べても「ペッ」と吐き出すことが何度かありました。

朝、イラついていた私は、つい、「じゃあ食うな。食べたいなら自分で食べなさい!」と当たってしまいました。自分で食べられないさやかに向かって。

その現場を見ていた夫に、
「確かに、ご飯を吐き出すさやちゃんは悪いけど、キミの怒り方は八つ当たりに過ぎないよ。さやちゃんのために怒ってるんじゃない。」と言われ、ちょっとケンカしてしまいました。

「そんなご立派な親になんかなれない!」と夫にさやかを押し付け、一人黙々とご飯を食べました。

おいしくなかったよ。
そんな空気のなか食べるご飯は。

「立派な親になんかなれない」とつぶやく私を、さやかがずーっと心配そうに見つめていました。

こういうときのさやって、「ママなんか嫌い!」じゃなくって、「ママ、どうしたの?」って見つめ方なんですよ。

悲しくて泣いている時も、そっと近づいてヨシヨシしてくれる。

実家の母に、羊水検査のことを持ち出され、泣いていた時も、さやがずーっとついていてくれました。

「・・・メンネェ?・・・メンネェ?」ってずーっと言いながら。
私には、どうしても、その「メンネェ?」が、「ゴメンネ」に聞こえて仕方なかった。

きっと、さやにしてみれば「そんなことよりメシ」って言ってたんだと思うんだけどね^^;

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